道成寺について

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紀州道成寺

七、無き鐘ひびく道成寺

二つの鐘を失った寺

二つの鐘を失った寺

道成寺の初代の鐘は、平安時代に安珍と清姫の事件で焼かれたと言われます。二代目の鐘は、天正13年(1585)の雑賀攻めの時に持ち去られ、その二年後に京都の妙満寺に奉納されました。以来、道成寺には釣鐘はありません。「三代目を作ったら」と言って下さる方もおられますが、三代目を作ると二代目を大事にしていないことになるでしょう。寂しくなったら、妙満寺へ行けばいつでもお参りできるのですから。

心にひびく鐘

むしろ、二代目の鐘は、妙満寺に落ち着いた後、自らの運命を悟ったのだと思います。絵巻物や能楽で有名になったために紀州から持ち去られましたが、新たな安住の地となった京都は、能楽をはじめ室町文化の華が開いた都、数年後には出雲の阿国が歌舞伎踊りをはじめることになる都でした。

名鐘は一里四方に響き渡ると言われます。道成寺の二つの鐘も一里近く、おそらく道成寺から日高川の向こう岸まで響き渡っていたでしょう。道成寺で鐘の音を耳にすることは、もはや有りません。
初代の鐘は絵巻物の中で、二代目の鐘は「道成寺物」の舞台で、その名を轟かせる道を選んだのでしょう。

道成寺の二つの鐘は、耳にではなく、心に響く鐘となりました。

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